僕がロサンゼルスに住んでいた時、日本の行政のでたらめぶりは、事あるごとに聞かされていた。日本通と称するアメリカの議員からだ。そして、多くの在米日本人がそうであるように、僕もただ単に日本人、というだけでちょくちょくその矢面に立たされたことがある。「あんたの国は、なぜあんなにでたらめなのか」とね。当時を思い返してみると、互いの質疑に理不尽な場面がかなりあった。質問される当の本人が行政にど素人であるのだから、日本人イコール日本のすべてに精通している、という無理無体な期待に応えようがなく、いい加滅な台詞を世いては、煙のごとくその場を逃げ去っていたのである。
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「君たち、たかだが二百年の艇史のアメリカ人が、縄文の庁より続いた日本の政治形態を理解しえないとしても、それは当然なことよ」はたして、日本に移り住んで、行政を眺め、はたまた行政と四つに取り組めば、まったく日本人のDNAを持ち、二十七歳までこの国に住んでいたこの僕がずぶずぶと理解不能に陥ったのであった。細かいのは抜きにして、僕が大きく行政とかかわったことはふたつあった。そのひとつは橋に接して使用する、客船に似た大型フローティンクホテルのコンサルタントをしたときである。これは、短くいうと、岸に接続してずっと使うから建物であり、建築基準法が適用されるといってきかない建設省と、いや海上にあるし、その気になりや移動できるのだから立派な船である、だから船の安全基準を満たさなきゃならん、という運輸省との縄張り争いの問に翻弄され続けたのである。